2006-11-23
■数珠

秋口あたりから、手がうずうずするしていました。
「なんだろうなあ、これはどうしたら収まるんだろうなあ」と、手を好きなように動かしながらイメージを広げていくと、糸に通された珠を一つ一つ移動させるような作業がしたいのだ、ということが自分でわかりました。
そこで数珠を購入してみることに。

「数珠っぽくない腕輪が作りたい」という気持ちから、
「やっぱり丸珠で、ほぼ一種類の石のみを使ったものがいい」と思い始め、
菩提樹などの木の実も使い出し。。。基本的には数珠街道を走っていたわけです。

とはいえ、お経はよくわからないですし覚えられません。かといって「ありがとう」と108回繰り返す、とかもいいのですが、ちょっと寒い(笑)。
そこで、チベット方式を取り入れ、「オンマニペニフム」を唱えながら珠を繰る、という方法にしました。
これなら今から覚える必要もないし、観音様を称える真言で、大好きなモチーフ・蓮も出てきますから良いでしょう。
そうやって唱えている間は、無駄に思考が飛び散らずに自分の中に納まっているので、気持ちの良いものです。

あ、でもなんだか恥ずかしいので、心の中で唱えてます。
ほんとは口に出して、波動を生み出さないといけないのでしょうけれど。



2006-09-13
■神様のいる国


と、言われています日本。 しかも八百万もの神様が!
・・・タイトルに神道なお話を期待した人、ちょっと違う話ですよ(笑)。



昨日やっと勇気を出して録画しておいた「911テロ」の特番を見て思ったことがあった。
飛行機が突っ込んだ、ちょっと左下のところに居た人が奇跡的に生還しているんだけれど、同じ目の高さに飛行機が迫ってきたときに

「神様!後はあなたにお任せします!」

と祈り、机の下に入ったのだという。
そんな咄嗟の場面で、そんなふうに委ねることができる存在があるっていいなあ、と羨ましく感じた。

そのシーンの後でも、
人々を助けるために動いていた人、
疲れ果てて階段を下りれない人を励ます人、
エレベーターが使えるかどうか身をもって試した人、
様々にまわりの人のために働きかけていた人たちの話がドラマ仕立てに映し出され、
まったく何が起こっているかもわからない状況下での、その健気な行動を見ているのがつらかった。

もともとは神様違いでエライことになっていることなんだろうけれど。
神様の名のもとに素晴らしい行動に出ていた人たちの心も、愛そのものだ。
アメリカ人って本当に神様と一緒に生きてるんだな、と感心してしまった。
「神様は心にいる」というのがしみついてるんだな。
私は神道的に「神様はどこにでもいる」と思っていたけれど、それは逆に、神様を自分の外のものとして見ていることに気がついた。

私は同じような状況下に置かれたとき、神様や仏様に咄嗟に祈れない。
きっと思いつかない。



アメリカという国がそのように痛手を初めて受けたということと、報復行動の凄さに、
湧き出すように出てきた米国批判には、私も心の奥底では少し賛成していた時期があったんだけど、やっぱりひとくくりにして考えることが一番危険なことなんだな。

先日、どうしても苦手なことに対して「キライかも」と言った私に対して
加勢先生が

「嫌いという言葉をすぐに言わない。
そうすることで反対側の存在が出来てしまうから。
嫌いだと思っても言わずに、
考えからその対象自体を追い出しなさい。
すぐに嫌いという気持ちを表現しようとしないように。
いやだと思っているものに、具体性を与えることになる。
それはただ、今の自分に必要のないことなんだから。」

と、たしなめた。

そういえば食べ物なんかの「好き嫌い」という二つのものを言っているんだよな。
食べ物に対しては「好き」も「嫌い」も言わないで、感謝しないといけないっていう心の持ち方なんだよな。


しみじみ。




再び911の番組の話にもどって

筑紫さんが
「この出来事は、全世界の人が『あの時私は○○していた』とその瞬間の自分を覚えている、初めての事件になった」
としきりに言っていた。

その時私は家でオンタイムにテレビを見ていて、二機目の飛行機が突っ込んでいくのを見ていた。
アイロンがけしてたような気がする。
誰かと電話で事件のことを話していたような気もする。





2006-07-24
■毎日ではありませんが写経。


ちょっと前の日記に、「毎日写経ではありませんが・・・」なんてことを書いていましたが、
結局、今は写経をしています。
毎日じゃないです。
さすがに毎日すると、洗濯物がたまったり、猫がグレたりするでしょう(笑)。

7月は1日から、毎日「三十日秘仏」という本を買ってきて、写仏をしていました。
(本のことは「オススメ本コーナー」にてアップしますね)
「毎月○○日は○○仏の縁日」なんていうのがありますが、それを30日分集めて
毎日縁日の仏さまの絵を写し描きします。
写し描きなので、筆の運び方さえ慣れてしまえば、全然難しくありません。
それに毎日写していると、その仏様とご縁の深い出来事が起きたりして
シンクロ三昧を味わえます(笑)。
ちなみに今日、24日は地蔵菩薩さまです^^

さて、その写仏の際に毎回、「何月何日に私が描きました」とサインを入れますが、
この文字ばかりは写せませんので、下手さが目立ちます。

「ああ、きっと日本画やりたいとか思ったら、文字の練習もしないといけないんだろうな」

ということで、写経もいずれ・・・と思っておりましたら先生が

「なんだかオーラが白い煙に覆われてるね。今のうちに絵をたくさん描いて、練習しきった方がいいよ。しかもその表面に、文字がスラスラ〜っと流れてるよ。写経もしたら?」

とのお言葉をいただきました。
ここまでくればやらないわけにはいかないでしょ、というわけで写経をすることにしました。
その日、さっそく持っていた般若心経の教本を広げて、なんとか写し書きをしていましたが、途中で文字やページを抜かしてしまい、失敗に終わりました。

どっと疲れたところに写仏をしなくちゃ、と本を広げたら、その日は「陀羅尼菩薩」さまの日。
陀羅尼菩薩さまは、文字や真言のパワーを司る仏様でした。
シンクロしてます(笑)。

この「どっと疲れ」は浄化の表れだろうとのことでした。

「1000枚くらい書いて、護摩焚きとかの時に納めて焼いてもらうといいよ」

と、気が遠くなるようなお言葉もいただきました。
うーん・・・3〜4年はかかりますかね。





2006-06-17
■毎日落書き


毎日写経、ではありませんが、毎日何か描いてます。
昔は「毎日デッサン」とかやっていたんですけどね・・・今はそれほどストイックなことは『つまらぬ』と思ってしまうので出来なくて、「毎日落書き」です。



好きなものや、人から頼まれたモチーフなどを描いていたら、とうとう気に入って使っていた紙がなくなってしまった。それはハワイのクリスタル・アカデミーに行った時に「お世話になった人に絵を描いてお礼としてあげましょう!」ということになって購入したもの。日本で探してみたけれど、ない。
ネット上で一件だけ、アメリカから直輸入、12冊セット(!)で購入できるところがあったので、大喜びで申込み。
なんとスケッチブック1ダースの料金とアメリカからの送料がほぼ同じで、1万円も使ってしまった。

10日程してとどいた物は、同じ名前だけれど、表紙デザイン、紙の厚みがまったく違うものだった。
がっかり・・・せっかく絵が描けると思ったのに!と、その日は落胆したし、いじけた。
幸い、紙の方は返品か交換をしてくれるらしく、現在も輸入を代行してくれた会社が調査してくれている。

その間、絵の実物を見た人がだいたい口にする
「日本画みたい」
「和紙に描いてるの?」
ということをヒントに、日本画の資料を探しては読み漁っていた。
試しに画仙紙という和紙の絵葉書サイズの紙を買ってきて、普通の水彩絵具で毎日落書きのように絵を描いていた。

和紙は洋画紙、いや、画用紙(笑)とまったく絵具の吸い込みが違って勝手がわからず、ほとんど実験で駄目にしてしまった。
しかしその潜在能力(別に隠れてなくて、私が知らなかっただけなんだけど)と魅力に、ぐぐぐっときてしまった。

と、いう訳で紙が不在なもんだから、日本画の用具を一式購入してしまった!

加勢先生からも「今はスピリチュアル・アートじゃなくて、日本画とか見てたほうがためになるよ」とのアドバイスもいただいたし、どうやら守護霊のおばあちゃんは画法について事細かに指示を出しているらしく、ふいに「色の濃度を変えながら、塗り見本みたいなのを作ってみて」などの言葉を(先生を通して)いただくようになった。
絵具や紙を選ぶ際にも、ふと自分じゃない感覚から「あっちの筆がいい」とか、「○○が必要」などを感じるような気がして、小さな木のスプーンを探すはめになったり(笑)と、面白いコミュニケーションが続いている。





2006-05-29
■花咲かプロジェクト


とある人が自費出版で作られていた小さな冊子、「ごみ」についての本。
ゴミからいろいろと持ってきたものを、かわいく再利用していることを紹介していたり、ゴミの処理の仕方を説明してくれる本でした。
この本には小さな袋に、花の種が入っておまけとして付いていました。

「じゃあさっそくどこかの鉢に蒔いてみますね」というと、作者の方が「家のプランターとかじゃなくて、道端に蒔いて下さい」と強く言いました。
彼女は道端の『こんなとこに咲いてるの!?』という花の写真なんかも撮る人で、その花の種も“植えて育てる”のではなく“道端の花を増やそう”という目的のもとに添えられていたんですね。

蒔き時期が5月〜6月になっていたので、やっとこの花の種が使えるわけです。
この種まき時期を待っている期間、おかげさまで雑草に目が行くようになり、花が咲いて種がなっているのを見ると、「この花の種が欲しいなあ」「今ちぎっても種として熟してるのかな」とか考えるようになりました。
町中の植え込みを、“自分の土”として捉えるという感覚も面白いですよね。そういえば、おばあちゃん達なんかがよく耕して、何か植えたりしているのを見るような気がしますし。
最近、種が売っているのを見ないし、そういう育て方もしていません。

一週間前にちょろっと種を蒔いたところに、ピンク色の花が咲いていました。
あっという間に花にまで成長するのかどうかも知らないし、この種がどんな花になるのかもわからないので、その花があの種によるものかどうかは謎です。
いろんなところに蒔いてみて、「やっぱりあの花だったんだ」って思えるように、現在実験中です。





2006-05-15
■夜に聴いてはいけない音楽。

笛を楽しんでいます。
どれもそんなにうまくないクセに、今度は龍笛に手をだしてみました。
プラスティックで出来た練習用の管が、5000円くらいで販売されています。
姉が南都楽所(春日大社専属の雅楽の楽、日本でも三本の指に入る歴史の古い楽所。漫画「陰陽師」では安倍晴明が南都楽所の方に舞を教わるというエピソードがあります)に所属しているので、いろいろと聞きながらやってみようと思っていました。

ちなみに龍笛は、漫画の中で博雅がよく吹いています^^

しかしこの龍笛、そして雅楽というもの。
旋律といい、音階といい、楽譜といい、私たちの知っているものとはルールがまったく違います。
あまりの不慣れさに、覚えることがなかなかできません。
(音を出すのも、恐ろしいまでの穴の大きさで難しいのですが)

日本人なのに!(笑)

音符やアルファベットの音階に慣れており、雅楽のような「夕、上、中」などの音階と「トラロルロ」という楽譜をまったく知りもしなかったということは・・・・ちょっと悔しいものですね。
もっと小学校教育などで和楽器に触れたり、日本の音楽の歴史に親しむようなカリキュラムを組んで欲しいものです。



さてさて、この雅楽のCDを何度も繰り返し聴くことで覚えようとしていましたら、加勢先生が
「そういう音楽は夜に聴かないほうがいいよ。霊を集めるから。なんか磁場が歪んでるな〜と思ったら、そのせいだね。ということは、そういう音楽には力があるんだね。」
とおっしゃいました。

即座に聴くのをやめましたが(笑)、これは磐笛にも同じことが言えます。
磐笛製作者の方がおっしゃっていましたが
「日が落ちてからは吹かないこと。できれは4時以降は吹かないくらいに。そして、神様を呼ぼうなどとは思わないこと。おかしなことになります。あくまでも音を捧げてください。」
とのことでした。さらに
「磐笛の音は神様が喜んでくださる音。土笛は死者が喜ぶ音なんですよ」
ということもおっしゃっていました。
土笛は土から出来ているだけに、ご先祖様たちに捧げる音なんでしょうね。

磐笛の音も、雅楽の音も、神様に捧げる音律というのは
「日の高いうちは陽気(精霊的な霊)を寄せ、夜は陰気(邪気を帯びた霊)を寄せる」
のだそうです。
力あるものはプラスとマイナス、同じだけの力を持っているのでしょう。
使い方次第なんですね。

さて、

龍笛は諦めの気持ちが入ってきました(笑)。
ちょっと難しすぎるなー・・・篠笛をちゃんと吹けるようになってからにしたいと思います。
気持ちいいんですけどね。。。





2006-04-27
■笛

横笛ブームが続いております。
篠笛につきましては、只今「花笠音頭」の自己練習中です(笑)。
「なんか他に笛はないかなあ」と、篠笛も下手なうちから他の鳴り物を探しだしました。

そして見つけたのが磐笛です。

磐笛というのは「いわぶえ」と読みまして、他に「石笛」「岩笛」という表記で表されています。
これは自然に穴の開いた石で、吹いてみると音のなるもののことを言うようですが
探してみると作られている方もいらっしゃいますし、販売している石屋さんもあったりします。
もともとは神道が大事にしてきた、神様に音を捧げるための道具です。
磐笛ははじめに吹いた人のものとなり、他の人に吹かせてはならないものです。
また、神様に捧げるものだけあって、やたらめったら吹かないこと、
日が沈んでからは吹かないことなどの約束事のようなものがあります。

三島由紀夫さんが著作「英霊の聲」に下記のように磐笛のことを書かれています。

岩笛の音は、きいたことのない人にはわかるまいが、
心魂をゆるがすやうな神々しい響きを持ってゐる。
清澄そのものかと思うと、その底に玉のやうな温かい不透明な澱みがある。
肺腑を貫くやうであって、同時に春風駘蕩たる風情に充ちてゐる。
又、あるひは、千丈の井戸の奥底にきらめく清水に向かって声を発して
戻ってきた谺(こだま)をきくやうな心地がする。

吹いてみると、身体の芯に響く音色を持っています。
脳幹にきます。
これはなかなか気持ちよいです。

さらに!

この磐笛が手に入る前に、いてもたってもおられず、ちょっと練習していたのが「手笛」です。
両手を丸くして、親指の隙間から息を吹きいれて鳴らすものです。
道具は一切なし。100%自分の音です。
こちらはお風呂場でやると鳴り易く、大きな音が出ると、磐笛でも感じられる「脳幹にくる音」が出ます。
鳴るまでが難しく、ひた練(ひたすら練習)するしかないものです(笑)。
まだ安定して音が出せません・・・。

さらに!

上手くなるとかまったく考えていません、自分が楽しめれば良いわけですから
じゃんじゃん次のものも手をつけちゃうんですが、次は龍笛を手にしてみたいと考えています。





2006-03-30
■新月の木


昨日、新月で、地中海あたりでは回帰日蝕の日でした。
新月の瞬間から一時間以内に、お願い事リストを作るのが習慣化していますので、今回も作りました。

さて、それはそうと「新月の木」というのをご存知でしょうか。
冬の新月から下弦の月の時期に伐採し、山の尾根にそって頭を下に置いたまま自然乾燥した材木は、「割れにくい」「カビにくい」「燃えにくい」という、強い材となるのだそうです。

チロル地方にて、シックハウス症候群の息子さんの病気をきっかけに、この新月の木で家を建てること、家具をつくることにこだわってきた人がいます。エルヴィン・トーマさんという方です。
この方の「木とつきあう智恵」という本に、この新月の木についてのことがわかりやすく書かれています。
(木の性質についても触れているこの本は、私にとって大変魅力的な本でした)
ヴァイオリンのストラディバリも、この新月の木でつくられているといいます。
また、日本の宮大工さんたちも、この智恵を使っていたそうです。

現在、日本ではNPO団体ができています。
NPO新月の木国際協会』 という団体です。こちらのサイトにも、新月の木についての情報が掲載されています。

先日、こちらの会員の方に「新月の木&満月の木のコースター」をいただきました。
それぞれ、上に乗せておいた飲み物の味が変わるのです!
お酒と牛乳で試しましたが、新月のコースターにのせたものは、どちらも味が冴え冴えとします。
満月のコースターにのせたものは、やや味が抜けたようになるのです。
しかしこちらのコースター、先生に試してもらったところ、パイナップル・ジュースで試されたようで、

「満月のほうが甘くなる。新月のほうはすっぱい!」

とおっしゃっていました。
何につけ、味が純化していくのが新月、角が取れていくのが満月、ってことかな、と思っています。
この違いは、木にふくまれている水分や養分の差なんだそうですけれどね〜・・・不思議です。
ちゃんと加工して使いやすくできたら、撮影してグッズ・コーナーにアップしたいと思います。





2006-03-04
■篠笛


先生に「竹の横笛をやるといい」と勧められまして、
もともとフルートを吹いていた時期もありますから(短期間)
やってみることにしました。

竹の横笛といえば、一番初めに思いついたのは「竜笛(りゅうてき)」でした。
雅楽で使われるものです。
そして「篠笛(しのぶえ)」。こちらはもうすこし現代に近い時代のものでしょう、
祭囃子などで使われるものです。
あとは「能管(のうかん)」です。篠笛の大きめのもの?というくらいの認識しか
ありませんが、やはり名前の通り能などで使うんじゃないか・・・と思います(あやふや)。

それぞれ特徴はありますが、どうやら現代の音階、私たちが慣れている「ド」から
始まるC調の音階を持っているのは篠笛の八笨調子のものでした。
知っている曲が吹けるようになったほうが楽しいですからね、
それにしました、安かったですし(笑)。

これらの笛は、本格的な職人さんの作った銘入りのものとなると、大変高価ですが
それぞれのクセも強いらしく、始めはプラスティック製などを使ったほうが
カンが掴みやすいようです。
姉が雅楽の楽所に所属していますが、彼女も
「10年以上、今でも本番でもプラスティック管でやってるよ〜。音が安定してるし。」
といいます。
ただ、本管(竹製のもの)は皆で吹いていると共鳴を起こし、
音の厚みが倍増してすごいことになる(?)らしいです。

先生から「竹の笛」と指示がありましたから、ともかく竹製の一番安いものを購入。
(しかし販売店の人によりますと、これが一番指穴が安定しているらしいです)
仕事はじめのちょっとした時間に練習するだけ、というゆる〜い親しみ方で
ひとつずつ、出せる音を増やしています。

笛は息を使いますから、歌うのに似ています。
それで大きな音が出ますから、気持ちいいですよ。




2006-02-07
■香りの魔力。

最近、沈香でつくったペンダントを胸にぶらさげています。
時々、ふと香りが上がってくることがあります。
それはそれで気持ちよいのですが、とても大きなものだったため、肩が凝ります(笑)。
というわけで、小さな沈香木片を新たに購入し、小さいものも造りました。
簡易版です。こちらは勾玉のような形状、と自分で思っています。

香りの良いものが欲しくてたまらない状態が続いているのですが、
そんな折、友人がすごく良い香りをさせていました。
「それ何?」と聞いてみたところ、「ヤングリヴィング社」というところのアロマオイルだとか。
他の友人からも、ここのオイルはエネルギーが高く、身体を癒すだけではない
ある種、幸運を呼び寄せる力があるとかないとか・・・というようなことも聞いていました。

早速購入しました。
販売形態がネットワークビジネス調なので、そこで引く人もいると思いますが
なによりもその香りがまるで「嫌味のないお香」みたいだったので
どんな売り方しているかとか、どうでも良かったのです(笑)。
商売方法もエネルギーに関わるので、大事な点といえばそうですけれどもね〜・・・。

あと、もうひとつ。
サイババ香という呼び名で通っている「ナグ・チャンパ」のお香。
これもその良い香りの友人の、香りの構成要素のひとつでした。
クリスタル・アカデミーでも毎朝焚いていて、いいなと思って帰国してから購入し
焚いてみたのですが、あまりよくありませんでした。
なんでだろう・・・と思っていたら、偽物も出回っているんですってね〜。
友人がたくさん購入したものから、ひと箱譲ってもらいました。

なんでもエーテル体の状態に近い煙を発するとかで、浄化能力が高いのだそうです。
クリスタル・アカデミーのほかにバーバラ・アン・ブレナンさんのところでも焚いているとか
他にもこのお香を愛用しているサイキッカーたちがたくさんいます。
加勢先生もめずらしく
「おっ、いい香り。なんだろう・・・どっかで嗅いだことあるのに、なんだったっけ、思い出せない」
としきりに「いい香り、いい香り」と言っています。

なんかあるんでしょうね。
お試し下さい。偽物には気をつけて(笑)。




2006-01-06
■新しい年。


旧年中はいろいろとご声援をいただきまして、大変感謝いたしております。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

さて、昨年末は大晦日に実家に戻りまして、紅白をちらっとでも観る事ができました。
そしてそのまま「ゆく年・くる年」を観ながら、父と母と、なんだかんだしゃべる。
最高に幸せでした(笑)。

そして元旦は初詣にお墓参り、ご先祖様に新年のご挨拶をして、気持ちも清々しくなります。

二日には友人とお寺巡りをしてきました。犬鳴山の七宝瀧寺と、高野山です。
護摩焚きの後の福引(笑)では二等賞を取れたし、
お寺だというのに、きゃあきゃあ騒ぐはしゃぎっぷりで、相当に楽しかったのです・・・。
またスピリチュアル・スポットのコーナーに紹介したいと思います。
帰ってきてチェックしてみると、龍の(ような?)写真が撮れていました。

今年はもっと自分を解放して、流れを信頼しくつろいで、人の間に居たいと思います。
皆さんの今年の抱負や目標は、どんなことにしましたか?^^
一日一日を、大切に過ごしていけますように・・・。