| 2007-12-24 ■しあわせなこと。 つい先日、ノロウイルスにやられておりました。 その間いらしてくださいましたお客様には、本当に申し訳ございませんでした。 加勢先生がひとりでご対応くださっていました。本当に感謝です。 さて病気自体は、4日で3kg減という過酷なものでした。気分が悪くて丸二日は眠れませんでした。それだけ苦しいといろんなことを感じましたが、本当に言えるのは「健康で何より」ということ。これはもう、かけがえないです。 ノロは風邪の一種なの?と思っていましたが、どちらかというと「バリで水に当たりました」といった時の症状に近いものでした。食中毒みたいな感じですね。 フツウに呼吸もままならず、お白湯をなめても受け付けない。 もちろん食べられないしお腹もすかない。 せめてクリスタルを手に・・・とも思えない。思ったとて、取りに行くことすらできない。 いつもはカッコいいなあと思っているi-podのCMも、まぶしくてイヤ。 どんな音楽を聴いても、上澄みをかすめていくだけのような気分・・・。 おそらく・・・お客様方の悩みというものを深く聞き込んではいないものの、割と人生の苦悩的な事柄や話題に近いところで生活をしているんじゃないかとは思っていましたが(このことが私をグラウディングさせてくれてるんじゃないかとも思っていました)、この病気の期間、自分の身をもって苦しんだこと、感覚の変化、ダメージからの回復力の遅さ(笑)、この圧倒的な体験には本当に参りました。 私はとんでもなく浮ついていました。なんかスミマセン。。。 これらの出来事が、とある菩薩像を手に入れたことと、それにまつわるエッセンスを飲み始めたばかりの頃に起きたんですね。 それで心配になって、加勢先生に「菩薩さまはもしかして私のところに来たくなかったのでは?」と聞いてみましたら、「物に罪はないから、物のせいにするのはやめなさい」とたしなめられました。 エッセンスについては、「ワンネス(全体との合一性)」を祈願しての選択でした。 全然苦しくない立場から、苦しみを忘れたところから、かっこいい言葉を並べて「ワンネス」を語ろうとしても、またはどこかで聞いたような言葉を組み換えても、きれいな面だけしか見ていないことに気づかないでいて「皆と一緒」なんて、片腹痛いわい・・・と思いました。 そんなことよりも近所の病院のお医者さんがお釈迦さまに、看護婦さん達が菩薩様に見えるようでした。救いを実践している人たちはすごいです。もちろん、どんな仕事もそうだと思いますが・・・とくに医療従事者の方たちには、本当に体を大切にしていただきたいです。 そして今、本当に自分はしあわせ者なんだなあーーー・・・と思っています。 今までと発する言葉が変わらないとしても、全体性を忘れずに、判断せずに語っていたいなぁと思います。 merry Xmas!!!!!! 2007-10-6 ■最近の心境。 かなりたくさんの人が、ブログやサイトなどで心情を明かしてくれることとなった2007年(笑)。 これはすごい進歩(?)だと思います。 知りたいことは誰かがどこかでつぶやいてくれていますから、ちょちょっとキーワードを入れると答えを聞くことができます。大変便利です。答えまでの道案内を含め、いつも莫大な人数の皆さんにお世話になっています。 Air Worksをはじめた頃、「スピリチュアル、霊的なことを日常的なことにしたい」という気持ちがあり、様々なコラムを書いてきました。その甲斐あって(笑:ウソ)随分「スピリチュアル」という言葉がフツウになりました。 そうすると今度は、「どれが本物なのか」、「どうしたらスピリチュアルの面において向上できるのか」、「どれがスピリチュアルで、どれが "not" スピリチュアルなのか」、「ヒーラーたるものこうでなきゃイカン」といったような議論・意見を目にすることが多くなってきました。 私もその一人でした。 20代まではそれでイイ(笑)。 「センスを持ちながら、より良くなっていきたい。そのためには、ある基準が必要だ」と思っていたわけです。正と誤、レベル1とレベル5、一級とB級、なんかそういうものがあるわけで、より上を目指して皆で頑張りましょう、とか思っていたわけです。 でも30代も半ばになると、もっと人生がおおらかに、悪く言えば「おばちゃん感覚」になりました。 規範自体が堅苦しい。面倒臭い。人に優しくない。笑えない(笑)。 つまりは理想の形よりは、今の自分の心地が優先になりました。 なんか時代的にも皆で同じものを目指すというよりは、個人個人ができることをする、個性を大切にするという流れに変わってますしね(言い訳)。 何かを目指していけばいくほど、ここにいるはずの青い鳥が見えなくなる。 何かになろうとするほど、「自分である」ということから遠ざかる。 ただ、これも今の私のことで、誰にもあてはまることではないでしょう。 こうかな、ああかなと考え、「こうあるべき」と決めつけたと思ったら、「いやいや、これは個人的な思考(嗜好)だわ」と思い直す。 最近はその堂々巡りで、コラムが書けないのであります(これまた言い訳)。 しかし日本は豊かやな〜。 2007-6-27 ■新たな笛 え?笛日記ですよ(笑)。 いやまあ、頑張ってます。とっても、楽しくて楽しくて! クリスタルもそうですが、ひとつ持つと「他にはどんなのがあるの?」っていろいろと知識を広める・深めるためにアンテナを張るようになります。 そして出会ってしまうんだなあ・・・かなり迷いましたが、今はそちらの笛にまっしぐらになっております。このヘタレな私が毎朝練習するほど。 なんでかっていうと、吹いてるだけで気持ち良いからです。ジョギングする人と同じですね。 この笛はとても素朴で、有機的で、まさに1/fゆらぎな存在でした。 それだけにすぐにどうにかなるものでもなく、また一本一本の個性も強く、選ぶのも、その笛に対して腹をくくるのにも時間がかかりました。 吹かないうちから見た目で「これがいいな」と思い、吹いても「この音がいいな」と思ったもの。その答えを取ると決めるのには時間がかかりましたが、直感は正直でした。 加勢先生によりますとこの笛には、竹の意識が残っていて、その意識体は女の子の姿をしているのだそうです。とても懐いてくれているそうで、先生を通じて吹き方・構え方を竹自ら教えてくれました。 有機的なものは意識というか、感情があるそうで、「物」として扱うようなものではない、とのことでした。 クリスタルと同じですね〜・・・。 クリスタルで培った感覚を応用しないと☆ この笛との出会いにつらなる人々との出会いから、音楽の楽しさの片鱗がやっと見えてきました。今は教室に通っております。これまた驚きの連続です。 現在、蘭情管は加勢先生のご提案により、事務所の神棚に置かせていただいております(笑)。この季節、角度は違えどクーラーの正面になりますので、ちょっと移動を考えたほうがいいかもしれません。 こちらも時折吹いては「やっぱり優等生だわ・・・」と感動しています。加勢先生いわく「君にはまだ早かったんだろうね〜」とのことでした(笑)。 2007-5-7 ■蘭情管 え?笛日記ですか? って感じになってますね、今年の私。(しかも4月はお休みですか) 笛=「ラウンジの日記に書かなきゃ」みたいなことに、頭の中でつながってますね(笑)。 先日、先生から 「笛を吹きなさい・・・竹の節があるような。 そして種から植物を育て、その成長のサイクルを実感しなさい」 と言われました。 おりしも笛屋さん半期に一度のセールの時期(笑)、 ある銘(ブランド)の管が目当てで、休日に出かけました。 いつも入荷するとすぐになくなってしまう銘で、 一年半前に吹いたその銘の八本調子が忘れられず、ずっと機会を待っていました。 その日は全調子が揃っていたにもかかわらず、どれもピンと来ませんでした。 残念・・・・すごい残念・・・・またとないチャンスなのに残念・・・・(repeat) ふと、目の前に展示されていた節のある蘭情管を “ありえないな、でもこれも節っぽいな” と思いつつ試し吹きをお願いしました。 お店の方は「どうぞ、どうぞ」と快く承諾してくださったのですが、 ガラスケースの中にあり、どこから取り出すのかわかりません。 まごまごしていたら、 「ガラス、正面には入ってないですよ」 と、そのまま、ひょいとケースに手を入れて笛を取ってくれました。 象徴的ですねー。 「手が届かない、自分とは違う世界のものだ」と思っていたら 見えないガラスの壁を自分の心の中でだけ作ってしまっていたんですね。 お店のお姉さんが、それを跳び越すお手伝いをしてくれました(笑)。 吹いてみたら、もう手放せなくなりました。 先生から 「名前をつけてあげたら。より自分の一部になりますよ」 と教えていただいたので、笛の名前を検討しつつ、笛遊びにいそしんでいます。 あとは種蒔きですね。いそがないと、夏になってしまう。。。 2007-3-15 ■龍の声 最近篠笛もほとんど吹かなくなってしまっていました。 ところが、ここ最近また笛ブームが復活しています。 きっかけはいくつかありました。 @絵のアイデアが神道よりになっている A今、欲しい!と思う石が出てこない(笑) Bじゃああるものをいつくしみましょう、ってことで磐笛をかわいがる C吹くと気持ちいいけど、もっとたくさんの音階の音も吹きたい D昨年の初夏?に頼んでいた「龍笛プラ管用ケース」が届いた で、また龍笛で「越天樂」を練習しはじめています。 吹き始めると全然持たなくて、一曲完奏もできず、「ほんの少し鳴らして終わり」程度ですが、別に人に聴かせたいわけでもないし、自分が楽しめれば良いってことにしています。 この適度な趣味感覚が続けば、そのうちちゃんとした竹の龍笛が欲しいです。 ● 龍笛の音色は「舞い立ち昇る龍の鳴き声」と例えられます。天と地をつなぐ役割です。 鳳凰・天から降る光は笙、地上で生活する人間の声は篳篥。 ちなみに私の姉は篳篥奏者で、義兄は笙の奏者です。 笙はすごく難しくて、高価な楽器ですし、ひとりで吹くより合奏向けの楽器かと思いますが、龍笛はひとりでも楽しめます。「陰陽師」の漫画や映画で源博雅が吹いているのも龍笛です。 プラ管だったら5000円程度で購入できます。興味があれば駄目モトで、「小学校の縦笛感覚」で買っちゃえばいいじゃん、と思うのです。手入れも一切いらないですしね。ラクです。 (ちなみに篠笛のプラ管は2000円程度) 「越天樂」の演奏音や楽譜は、ネットで検索すると出てきます。 音階が独特なので、ポップを吹くということは難しいですが、ヒィラヒーと一曲でも吹けたら、それだけで楽しいです。 2007-3-12 ■火渡り・火渡り。 2回言いました(笑)。 毎年恒例にしようと思う、高尾山の火渡り祭に行ってきました。 少し到着が遅かったので、火がぼんぼん燃え盛る感じの、ちょっと後から見たのですが、それでもやっぱり真言と太鼓、大勢の修行者さんたちの姿は、異空間です。 近くに居た外国の方から「なんで火の上を歩くの?悪い神様への生贄をささげる感じ?」といったことを質問されました。 小さい頃からニュースで、こういったお祭りで火の上を歩いている人の映像を見ているので、とくに不思議にも思っていませんでした。心を強くする修行の一環とか、火で浄化して無病息災を願うとか、ということを普通に捉えていた、ということに気がつきました。 この感覚の違いが、今回一番面白かったことでした。 2007-2-26 ■道を歩いていて。 Air Worksのマンションのすぐ前に、JRの線路が通っています。(渋谷から恵比寿に向かう山手線に乗っていると、部屋が見えるんですよ) その線路沿いの土手になっているところが、どなたが世話しているのか植物園のような状態で、四季折々の花を楽しませてもらっていました。それが数年前、舗装されてぺらっとコンクリの壁になっちゃったんですね。本当に悲しく思いました。 その中でも一本、みかんの木は今も残っています。初夏の頃にはネロリのような香りを楽しませてくれます。その木の脇を歩いていて、 「ずっと残ってくれて、ありがとう」 と思ったものの、そんな失礼な話はないかも、と思い、 「いなくなってしまった植物たちも、ありがとう」 と、付け加えて別の形の感謝を心の中でつぶやいてみました。天国で咲き誇ってね〜なんて。 今あるものに感謝、今ないものに感謝。そうすると、すべてがつながります。 よくスピリチュアルな話題の中で「すべてとの一体感、愛を感じ、圧倒された」なんてことが書かれていて、“ ぜひともそんな境地に達してみたいものだ ”とか思っていましたが、こういうことなんだな・・・と、穏やかにうれしくなりました。 2007-1-9 ■今年もどうぞ、宜しくお願い致します。 新しい年になって少したちますが、皆様良いお正月を過ごされましたでしょうか。 私の今回のお正月は、いつものように大阪の実家に帰って過ごしていましたが、家族それぞれの変化を感じる不思議な期間でした。 まず、姉が家を買いましたので、そちらにお邪魔させてもらいました。築90年以上木造建築で育った私と姉ですが、新築の一戸建てです。こんなぴかぴかの家に住めたなんて・・・感動です。 そして、もともと穏やかな人ではありますが、父がなにやら母に対して丸くなっていたように思えました。 95歳のおばあちゃんはそろそろ天空人(てんくうびと)になっていました(笑)。ツヤツヤの顔で同じことを何度も話し、時折私とお母さんの昔話をまぜこぜに、笑顔たっぷりに話していました。 お正月期間の過ごし方としましては、父とナンプレ(数独)パズルです。 父の好きなサイトはこちら → http://www.oct.zaq.ne.jp/woodside/jsudok/ あとは、パステル6色とスケッチブックを持って行って、絵を描いていました。元旦に初めての描き初め・らくがき作品は、「お地蔵さん」でした。 昨年夏に見つけた母方の本家のお墓の目印となったものがお地蔵さんでしたが、年越しの後、布団に入る際に、ぽん、とその光景が浮かんできたから・・・というなんともご先祖想いな私です(笑)。 後で先生に話しましたら、「ご先祖様が、見つけるきっかけとなったお礼が言いたかったんじゃないか」とのことでした。 三日には伊勢神宮にお参りしてきました。その模様につきましては、またスポットのコーナーにてご紹介させていただきたいと思っています。 こちらに戻ってきてからというもの、あれだけ掃除嫌いだった私が、汚い部屋に絶えられず、帰宅してそのまま夜中まで大掃除をしました。どうも目玉が入れ替わったようで、ほこりや汚れ、ぐちゃっとしたところが目についてなりません。どうしちゃったんでしょうね。 というわけで、今年はこのままキレイに過ごせたらいいな、と思います。 そして、より自分の魂のブループリントに近づいていけるように、新鮮な気持ちを保っていきたいと思います。 |