今回は、ファッション誌「GLITTER」や「TARZAN」で、星占いのページを執筆し、本のコーナーでも紹介している「30歳からの星占い・タフな女のつくり方」を書かれました、村上さなえさんにお話をおうかがいしたいと思います。
編集者から西洋占星術師へと転換された頃のこと、そして普段から素敵だな〜と私が思っている、村上さんがまとっている「無理・ムラ・無駄」のない(!?)、なめらかで自然な空気感についても質問してみました。


● もともとは編集のお仕事をなさっていたんですよね。

そうです。最初は音楽誌、そして27歳でフリーランスになって、34歳から2年半くらい「ez(イージー)」という月刊誌の副編集長をしていました。石川次郎さんがスーパーバイザー、友人が編集長、バイリンガルをコンセプトにしたユニークな雑誌でした。
ただ、そこでの私は、いわば編集部のまとめ役という存在だったので、若いスタッフは取材に出かけて行くけど、私は原稿チェックばかりしていて、楽しくない。といっても、人に任せるわけにはいかない。「なんかつまんないな」と感じていたある日、体調を崩して入院してしまいました。

入院直前に鏡を見ると、そこにはストレスだらけのゾンビみたいな顔をした自分が映っていて、すごくいやだった。だから退院してからは「これからは自分の好きな仕事をやろう」と決めて、自分の裁量でできる1ライターとして原稿を書いたり、好きな映画の本を編集したり、意識的に仕事の内容を変えていきました。そういう流れの中で、知人が手がける雑誌に、友人の西洋占星術研究家に監修をお願いし、私が原稿を書くという形で占いページの企画を持ち込んだんです。それが、西洋占星術を学ぶきっかけとなりました。

● その方から、もしくは学校などで占星術を教わったりしたのでしょうか?

原稿を書く上で、基本的な知識を教えてもらい、その後は、本と格闘しながらの独学でした。もちろん、西洋占星術研究家の友人には、ずいぶん助けてもらいました。昼夜問わず電話してわからないことを聞いたり、私の知りたいことが載っている本を教えてもらったり。周囲に誰もいない状態では、独学では厳しかったかもしれません。そうして、学んでいくうちに、どんどん「占星術って面白い」って、ひきこまれていったんです。

● それで段々と仕事が占い中心になっていくわけですよね。その転換していく状況は、どのような感じだったのでしょうか。

完全に占いにシフトが変わるまで両立させていた時期が三年ほどあったでしょうか。気づいたらそうなっていたという、ごく自然な感じでした。

私はよく、カウンセリングのときにもクライアントさんに『今決めなくちゃいけないことじゃなかったら、ムリに決めなくていいのでは?』という風にお話しすることがあります。本気で夢中になれるものに出会ったら、誰にも止められない。だから悩むまでもなく、自然とそっちの方向に導かれるものなんだと思っています。私自身、占星術に関して、そうでしたし。
たとえば西洋占星術の勉強をしていくうちに、もっとホロスコープが読みたくなる、そして、サンプルとして、身近な家族や友達のホロスコープを見たくなる。それを説明していくうちに、自然と上手になっていくんですね。

そのうち「星の説明が、面白い」って言ってもらえるようになって、友だちが友だちを連れてきてくれる。会ったことのない人も足を運んでくれるようになると、一応お金を戴いたほうがいいんじゃないかって話になって、友人が金額を設定してくれて(笑)。お金をいただいちゃっていいのかなと、私の方が恐縮してました。そのうち、編集の仕事をしていたこともあって、星に関する原稿書きの仕事が入ってきたりして、最初はその友人に監修をお願いしていましたが、あるとき「あ、そろそろ私にも書けるな」って思えるようになったんですね。それで自分で書くようになって、しばらくしてエル・ジャポンから毎月の占いページのお話をいただいて。それで、ふと気がついたら編集の仕事がなくなっていたの!(笑)それは、見事に全然!

● 自然な流れだったんですね〜・・・入院されたことが元となって開眼したことはありますか?

自分の病気に関してはね、「あー、かわいそう。もうこれからは、好きなことだけやろうね」と、自分に甘くなっただけなんですね(笑)。ただ、その後しばらくの間、いろんなことが重なったんです。

病気をした同じ年、父親の言動がどうもおかしいと気づいて、病院につれていったらアルツハイマーだということがわかった。
そして翌年、とても可愛がってくれた年上の女友だちが、40代の若さで亡くなった。しかも、私と電話をしている最中というショッキングなものでした。いつも通り長電話をしていたら、電話の向こうで「あっ、痛っ!」という声が聞こえて、それっきり。そのまま何度呼んでも返事がないので、慌てて救急車を向かわせたけれども、間に合わなかった。
すごく親しくしていた人が、目の前からいなくなってしまったこと。そして同じ時期、同い歳のオペラ歌手の友人が、末期ガンでとても苦しみながら、亡くなったんですね。突然亡くなった人、長い期間苦しみながら亡くなった人、生きてはいるけどかつての姿をなくした父。これらのことが重なって、自分の中に変化が起きたのは確かです。
西洋占星術研究家の友人に指摘された、当時の私のホロスコープにも、「悟り」とか「価値観の変化」などが現れていました。その時期は本当に価値観が一変しました。好きな人、好きな音楽とかそういうことは変わらないんだけれど、人はいつかは死ぬ、ということを改めて考えさせられたというか…。今となっては、一連の出来事の前の私が、どんな風に人生について考えていたかを思い出せないほどです。

編集者時代、書店に自分の手がけた本が並んだ時は、それはそれで、ものすごく嬉しかったんですが、占星術のワクワク感には、もうひとつレベルの違う楽しさみたいなものを感じて、しかも揺るぎないワクワク感だったんですね。だからすごく楽しい。毎日、「楽しい、楽しい、あー楽しい!」って、本を片手に勉強していました。
周囲からも「楽しそうだね」ってよく言われました。
それからとても大事なことだけれど、人間関係には本当に恵まれていました。周囲の存在がなければ、今の私はないと思う。一般論としてはもちろんですが、占いってとくに、誰かが「あの人の占い面白いよ」って言ってくれるからこそ、つながるわけですから。

● ホロスコープから村上さんがクライアントさんたちに伝えたいことはどんなことでしょうか?

自分の生まれた瞬間の星の配置を記したホロスコープは、自分となんらかの呼応があって、それをていねいにひも解いていくと、性格はもちろん、目の前の悩みや問題点の元となってる部分が現れていることに気づくんですね。自分を知る道具のひとつとしてオススメです。

たとえば、「男をいじめる」みたいな星があるとしますよね(笑)。これを言うと、みんなに「私は?」って聞かれるんだけど、それだけ身に覚えのある人がまわりに多いのかな。(笑)
その人に「あなたは男の人をいじめる癖がある」と言ってしまうと、それだけなんですよね。でも、つきつめて「これは自分の中の男性性の星なので、男性が仕事に頑張ってないと頑張らせたくなる。でも本来は自分で使えば済むことだから、パートナーに委ねないで、あなた自身が仕事に頑張って、この星を使った方がいい」と話していくと「ああ、私が彼につい厳しく言ってしまうのは、そういうことなんだ!」と納得できる。

恋愛を司る星・金星がノーアスペクト(他の星と関係性を持っていない)という、おとなしい状態の人がいて、「あなたの金星は無口で、自分の中の他の惑星の誰とも会話してこなかったんだよ」って言われれば、「へえー、他の人の金星とは違うんだ。私だけがじっとしてたんだ」ということに気付くことができる。もしその方が私の友達で、私が普通に「彼氏つくりなよ」とけしかけても、相手にとってはよけいなお世話でしょうが、二人の間にホロスコープがあって、「金星がこれこれこうだから、意識的に恋愛に向かわないと変わらない」と説明すれば、とてもすんなり、耳を傾けられる。それがホロスコープの持つ力だと思うんですね。
ホロスコープを前にして、「自分の謎解き」をしているうちに、本人にとって必要だった言葉は必ず見つかるし、「私は私のやり方でいいんだ。頑張ろう」と元気に帰っていただけると、とっても嬉しい。

私は三十代半ば過ぎから占星術にはまったということもあって、恋の行方や来年の運勢の善し悪しより、「ホロスコープに私が映っている」というのがすごく楽しかったんですね。だから目の前の人にも伝えたい!というのが、カウンセリングの動機であり、喜び。「こうしたほうがいい」というのは私の決めることじゃないと思っています。
だから、占いに悩みの答えを求める方には、私は人気ないと思う。正直「どっちでもいい」って思ってるから(笑)。そうしたければすればいいし、でも、しないことにもきっと意味があるだろうから、ちょっと考えてみましょう。それでいいんじゃないかなと思うんですよね。現に私自身、病気や友人の死、父の病など、ネガティヴな体験を通して、今の自分があるということに意味を感じてますから。
そもそもホロスコープには、良いも悪いもないし。相性の話でも「どっちの方が良いですか?」と言われても、単純に「ハイ、こっち」とは答えません。

● でも聞く人は多いですよね?

たとえば桑坂さんがAさん・Bさんのどちらかの男性と付き合いたい、って相談してきたとします。
私は、ホロスコープを拝見しているだけですから、実際の相手はどんな人か分からない。極端な話、Aさんは芸能人かもしれません。つまり、常識的に考えて、Aさんとはつきあえない。そういうケースで「桑坂さんの金星からみると、Aさんとはとってもファッションセンスや会話が合うわよ」と私が言っても、意味がないですよね。つきあえる・つきあえないというのと、相性の良し悪しは違う。「同じ恋愛の土俵に上がれるとこまでいかなきゃだめ」という話になって、結局ホロスコープの話じゃなくなるんですよ(笑)。
「言っとくけど、『どっちが相性いいですか』って聞いてきた人が、そのどちらかと結婚したことは、私の経験ではほとんどないから」って言っちゃうの(笑)。この人!って決める時には、誰に何を言われても決めちゃうものなんだからって(笑)。

● なるほど〜(笑)。占い以前の問題の話なんですね。ところでホロスコープは複雑じゃないですか? 勉強することもたくさんで大変ではなかったんでしょうか。

勉強はすっごく楽しかった。でも、年を重ねるごとに記憶力はどんどん衰えるから、何度読んでも覚えられない自分には、情けなかった。占星術は奥が深いので、まだまだ覚えなくてはいけないことがいっぱいありますしね。

● 今後こんな感じで展開しよう、というイメージはあるのでしょうか?

占星術の世界に遅れて入った私は、豊富な専門知識を自慢できる域に達するにはまだまだ時間がかかるでしょう。だから占星術研究家という肩書きは使いたくないし、使うのもおこがましいと思っています。私が誇れるのは、これまでの恵まれた人間関係を通じて得た、たくさんのグッドサンプルがあること。そして、文章が書けるということ。こうしたキャリアを活かしながら、ホロスコープで元気になれるってことをあまり難しい言葉じゃなくて伝えていけたらと、思っています。具体的には、「45歳から、いかに気持ちよく生きるか」が次のテーマです。「30歳からの〜」を出しましたから、その続編ですね。
もちろん、カウンセリングも続けていきたいですね。

● カウンセリングは楽しいものですか?

すごく楽しいですし、元気をもらえる。たとえば、クライアントさんに「水に関係のある星が多いので、水と相性がいいですよ。煮詰まったらプールに」というようなことをお話しするとしますよね。それを聞いて、その方が「あー、ちっちゃい時はすごく泳ぐのが好きだったのに、いつの間に泳がなくなったんだろう。また泳ごう」と、ニコニコッとなる。カウンセリングが、自分にとっての「好き」を思い出すきっかけになることが、とても嬉しい。実際に、ホロスコープをきっかけに、クライアントの方がパーッと明るくなる瞬間があって、そんなときその方の元気をもらえて私自身も元気になる。よくみなさんから「元気がでた」と言って感謝していただくことがありますが、感謝するのはこちらの方です、と。元気がぐるぐると輪になっている感じがします。

占星家になったとき、周囲の反応は、様々でした。「みんなから、悩みとか相談されて、大変だよね」という人と、「いろんな人に会えて面白そうだね」という人。
「大変そう」という人は、きっと当の本人が、毎日大変だからこそ、私のことを大変だと思うのでしょう。反対に「おもしろそう」という人は、人と会うことをポジティヴにとらえてる。
私はカウンセリングでいやな思いをしたことはないんですよ。鈍感なのではなくて、本当にそうなんです。結局、「私がどうであるか」によって、来る人も変わるんじゃないかなと思っています。

● それってどんな原理が働いているんでしょうね!

やっぱり類友でしょう〜(笑)。そういうのって絶対あると思いますね。
人って、どうしたって、自分が思った“良いこと”を言います。「専業主婦願望が強くてお金持ちの男の人をみつけたら人生上がり」という考え方の占い師さんだったら、できるだけ良い結婚を勧めるわけだし、不倫している占い師さんは略奪法を教えるかもしれない。自身の体験を教科書にすれば。どうしたって偏りがでる。私はそういう偏りがないよう、できるだけニュートラルな状態でいたいと思っています。

暴れん坊の金星を持っている人が、ネガティヴに星を使うと、男に耽溺するなんて意味になったり、同じ星をポジティヴに使うと、アートやスピリチュアルなんて意味になる場合もある。同じ星が良くも悪くも両面を持っている。だったら、ポジティヴな方法にはこんなやり方もありますよ、と説明する。そしてそれは、私のやり方とは違うけど、その人にとって、必要なことなんだと。
私にとってのベストはこの人にとってのベストではない、だからこそ、ホロスコープは皆それぞれ違う、それが私のはまった、西洋占星術のおもしろさだからこそ、忘れないようにと思っています。

● 西洋占星術家でカウンセリングをする人に必要な資質ってありますか?

やっぱり12の星座の帯に10個の惑星が入っているホロスコープを読み解くのですから、これしかない!とひとつの方向に固まっちゃっている人には難しいと思いますね。
でもこの性質もまた調整可能なものだと思います。それがホロスコープのすごく良いところ。固まっている人も12星座の螺旋階段を上っていくことで、まんべんなくニュートラルに、全部を体験していけるわけです。一周して、終わりではない。螺旋階段を上ると、また新たなテーマが用意されていて、もう一回学んで・・・ということだから、決め付けないで勉強していけばいいのかな、と思います。

● ニュートラルな状態にあることは、村上さんにとって何に関してものキーワードですか?

うーん・・・自分自身の生活とは別ですよ、やっぱり。結構、好き嫌いははっきりしてますし、出不精ですし。

● え!そうですか!?すごく出かける人のイメージがあるんですが。

それはアセンダントが射手座だからじゃないかな。アセンダントが射手座だと活動的に見えます。私は、ホロスコープが好きだからいろんな人にお会いしてカウンセリングするのは好きだけれど、案外、人が大勢集まるところは苦手ですし。

● ストレスがたまることや迷うことってありますか?ストレス・フリーな、スムーズ感があるんです。

・・・ない方ですね。うん、ストレスないかも。迷っても、「迷うくらいなら、今は決めないでおこう」ってなるから。

● 私は決められない、その時によって答えがかわる、ってなっちゃうんですよ。

私はそれはない、牡牛座の月だからでしょうか。桑坂さんは決められないかもしれませんね(笑)。ホロスコープにも、それが現れてる。魚座と乙女座。天に昇ったり、地上に降りたり、現実と非現実の世界を行ったり来たりしてますもんね。でもそれがまた桑坂さんのいいところでしょう。実際、お仕事でも天の部分を降ろすっていう作業をしているわけだから、星を上手に使ってるわけです。

● 良いんですね、この迷いを活かせば!(笑)えー・・・ちょっとミーハーに聞いてみたいことなんですけれど(笑)、人生うまく行く秘訣をお願いします。

・・・うーん。「人生うまく行く」ってことの定義は難しいけど、「幸せ」という意味では、やっぱり「気付く」ということかな。自分には自分にとっての「人生うまく行く」秘訣があるということですよね。それはホロスコープでもいいと思うし、加勢さんのカウンセリングだったり、きっかけは、人それぞれでいいと思います
世間一般の価値基準にこだわって、人と同じような幸せをなぞろうとしていると、どうしても気付きにくい。「うちの子はどうして」とか「私の仕事はつまらない」とかいうことになっちゃう。もしかして仕事や家庭ではなくて、趣味で「楽しい」を感じるべき人なのかもしれないし。
この間も友人と話していたのですが、自分の中の譲れないセンサーってありますよね。たとえば「愛が欲しいセンサー」とか、「お金が欲しいセンサー」とか。自分にとっての「センサー」は何か、それに気付いていくということでしょうか。

●私も、私のセンサーが何なのか、考えてみたいと思います。なんだか細かくいっぱいあって、どれもどうでもいいか、みたいに鈍くなってそうな気がしなくもないです(汗)。このセンサーを探すということも、ホロスコープでわかることなのですよね、きっと。
私もホロスコープを見て、自分のセンサーに正直になろうと思います。

今日はいろいろとヒントになるお話をありがとうございました・・・。



・・・インタビュー終了・・・


いつも穏やかな村上さん。思ってもいないことは決して口にされません。
いい加減にうなづくことなんて、勿論ありません。
同じ魚座なのにこんなにも違うとは・・・太陽の他の惑星のセンサーでしょうか(笑)。
ふと、雰囲気やノリに流されてうなづきそうな自分になると、村上さんのことを思い出して「ああ、村上さんなら今、『私は違うな』ってちゃんと答えるだろうな」と自分に歯止めをかけています(笑)。


●村上さなえさんのオフィシャル・サイトはこちら

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